千葉地方裁判所 平成8年(ヨ)11号 決定 1996年2月29日
当事者の表示
別紙当時者目録記載のとおり
主文
一 本件申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者らの負担とする。
事実及び理由
第一申立ての趣旨
債務者は、債権者らに対し、本案訴訟(千葉地方裁判所平成七年(行ウ)第二六号)の判決言渡しに至るまで、債権者らを他の業種に配置転換するなどして、無線通信の運用又は保守以外の業務に従事させてはならない。
第二事案の概要
一 当事者間に争いのない事実等
1 債権者らは、無線従事者国家試験に合格し、第一級又は第二級総合無線通信士並びに第二級陸上無線技術士の資格を有し、債務者の前身である日本電信電話公社(以下「電電公社」という)に採用され、同公社の銚子無線電報局(以下「銚子無線局」という)或いは銚子無線送受信所に配属され、以来現在まで銚子無線局或いは銚子無線送受信所において無線通信の取扱い又はその設備の保守等の業務に従事してきたものである。
債務者は、電電公社の民営化による昭和六一年四月に設立され、同公社の資産を承継したもので、銚子無線局及び債権者ら従業員との雇用関係も債務者に承継された。
2 債務者は、平成八年三月末をもって銚子無線局を廃止するため、同七年九月二二日、関東地方電気通信監理局長及び九州地方電気通信監理局長に対し、電波法二二条に基づく無線局廃止の届出を行い、受理された。
3 債務者は、これより先、債権者らが所属する労働組合に対し、平成八年三月末をもって銚子無線局を廃止し、債権者らを含む全従業員を他の事業所に配置転換する予定である旨通告した。
二 争点(債権者らの主張)
銚子無線局の廃止に伴う債権者らの配置転換(以下「本件配置転換」という)は、左記のとおり無効である。
1 債権者らと債務者との間の雇用契約(以下「本件雇用契約」という)は、職種を無線通信の運用又は保守の業務に、勤務先を銚子無線局あるいは銚子無線送受信所に限定したものであり、本件配置転換は本件雇用契約に違反し無効である。
2 本件配置転換は、通信産業労働組合千葉支部(以下「通信労組千葉支部」という)を壊滅させることを目的とし、その組合員である債権者らを不利益に取り扱ったもので、労働組合法七条一号の不当労働行為に該当し無効である。
3 銚子無線局の廃止自体が違法であるから、これを理由とする本件配置転換は当然に無効である。
第三争点に対する判断
一 本件雇用契約違反について
1 採用形態について
債権者らの募集に際しては、応募資格として無線通信士或いは無線技術士の資格は要求されておらず、採用時の辞令の内容は「社員に採用する」であって、職種及び勤務場所の限定はなく(書証略)、採用後の職種及び勤務先についても限定はされていなかった(書証略)。
また、採用時、債権者らは「法令その他公社の定める諸規定」に服することを誓約しており(書証略)、「日本電信電話公社職員就業規則」(書証略)五一条には「職員は、業務上必要があるときは、勤務局所又は担当する職務を変更されることがある」と規定され、いわゆる配転予定条項があった。
債権者らは、採用時、応募者には無線通信士或いは無線技術士の資格を有することが必要とされたと主張するが、採用後債務者において研修を受け、無線通信士或いは無線技術士の資格を取得して無線通信職に就いた者もあり、右資格が採用の要件であったと認めることはできない(書証略)。
2 採用後の処遇について
一 人事管理制度について
電電公社当時の人事管理制度は、「日本電信電話公社職員職務分類規則」(書証略)に基づき、職務分類基準によって会社の職務を各職群、職種に分類し、各職種ごとに職級を設けて職員を格付けし、給与は職群ごとに設定されている昇級表に基づいて定められていた。債権者らについても右職務分類規則が適用され、通信職群の同一等級に属する職種、職級であれば、有線通信職であれ、無線通信職であれ、機械職であれ、同一の昇給表が適用されていた。
電電公社が債務者に承継され、人事管理制度については、昭和六二年四月から各社員の職務遂行能力及び業績を評価して格付けし、それに基づいて処遇する職能資格制度に変更され、職務分類基準による職群・職種を廃止し、管理職以外の一般社員については、a一般職能グループ、b企画職能グループ、c専任職能グループに、専門的な能力を要するものについては、d医療職能グループ、e海底線技能職能グループ、f海底線一般職能グループ、g研究職能グループ等に区分されたが、債権者らについても他の職員と同様に右職能資格制度が適用され、債権者らが属する無線通信職は一般職能グループに分類されることとなった(書証略)。
二 給与等について
電電公社当時は、職務分類制度により給与は職群ごとに設定されている昇給表に基づいて規定され、基本給は、職員が各担当する職務の内容、経験年数、生計費などを考慮した総合決定給であった。したがって、同一職群の同一等級に属する職種・職級であれば、有線通信士であれ、無線通信職であれ、機械職であれ、同一の昇給表が適用されており、無線通信職の給与体系のみが他の職種と異なる扱いをされていた事実はなかった。
そして、職能資格制度に変更された後は、基本給が職能等級に応じて支給される職能賃金と年齢賃金からなる体系が採用され、債権者らが属する無線通信職についても、他の職員と同様右賃金体系が適用された。債権者らは、第一級無線通信士は学歴を問わず大卒者の初任給六号俸一等級に該当し、現在の賃金体系においても第二級無線通信士以上の免許を有する者等は一般職能四級とされている旨主張するが、無線通信職に他の職員と同一の賃金体系が適用されていることは右に述べたとおりであり、債権者らの右主張は同一の賃金体系内での適用について述べているにすぎない。
また、債権者らには無線手当が支給されているが、これは「社員給与規則」(書証略)に基づき「職務の困難性及び職責に対して、給与について特別な取扱いをする必要があると認められる場合に支給」される職務手当(五六条)の一つであり、他に職務手当としては職責手当、医療手当などがあり(五七条)、一般的に無線通信士及び無線技術士の資格保有者に対して別個の支給基準に基づき特別に支給されるものではない(書証略)。
また、債権者らに対する住宅の無償供与は、「社宅規程」(書証略)四条に基づき、「特別社宅を設置する局所及び特別社宅の社宅使用料に係る区分の指定」(書証略)の別表で銚子無線局及び銚子無線送受信所が指定されたことによるものであり、銚子無線局の無線通信職についてのみ他の職員と異なる特別の取扱いをしたものではない。
三 配置転換について
電電公社当時、配置転換については、「職員の配置転換について(依命指示)」(書証略)に基づいて行われ、「配置転換上の関連ある職種」以外の職種へ配置転換する場合に限って、運用上本人の同意を得て行い、そうでない場合には、本人の同意は要しないとされてきた。
債権者らが所属していた無線通信職にも右依命指示が適用され、無線通信職と「配置転換上の関連ある職種」は、企画補助職、書記職、営業職、運用職、事務職、教官職、有線通信職及び通信職で、無線通信職からこれらの職種に配置転換する場合には、本人の同意は要しないという他の職員と同様の取扱いを受けていた(書証略)。
電電公社が民営化され債務者となった後は、「社員の配置転換について」(書証略)が他の職員と同様無線通信職にも適用され、通信職掌の者を事務、オペレーター、機械、線路、データ、守衛、用務、研究の各職掌へ配置転換する限り、当該配置転換に際しては本人の同意は要しない取扱いがされていた(書証略)。
さらに、無線通信士については、昭和四一年度において一四カ所あった海岸局を順次集約し昭和六三年度に二カ所とする過程で多数の無線通信士を配置転換したが、いずれの場合においても、本人の格別の同意を得ることなく、機械、事務及びデータなど無線通信職とは異なる職種・職掌の職場に配置転換している(書証略)。
3 結論
以上認定した事実によれば、債権者らは、採用時において、職種及び勤務先について限定をされずに雇用されており、その後の処遇においても、銚子無線局或いは銚子無線送受信所に継続して勤務しているが、給与等の人事管理において他の職種の職員と同一の基準が適用されてきており、無線通信職として他の職員と異なる格別の処遇を受けていたものではないから、これに無線通信職から他の職種へ配置転換された事例も少なくないことを勘案すると、採用後において、債権者らの職種及び勤務先について職種を無線通信職、勤務先を銚子無線局或いは銚子無線送受信所とすることに限定されるに至ったということはできない。
したがって、本件雇用契約違反を理由とする債権者らの主張は理由がない。
二 不当労働行為について
銚子無線局の廃止により、債権者らの所属する通信労組千葉支部は組合員の構成等について影響を受けることになるが、本件配置転換に際し、債務者は、従業員が特に希望した場合を除いて千葉県内の支店等に配属することとし、債権者らについては、関東地域通信事業本部エリア以外への希望がないことから勤務先は千葉県内となる以上、本件配置転換後も通信労組千葉支部の組合員であることは可能である(書証略)。
さらに、債務者は、平成六年六月以降、通信労組千葉支部と一四回にわたり交渉し、配置転換後の配属先については、右に述べたような配慮をする旨述べている(書証略)。
以上の事情を考慮すれば、本件配置転換が、通信労組千葉支部の壊滅を目的とし、その組合員である債権者らを不利益に取り扱ったものとは認められず、不当労働行為を理由とする債権者らの主張は理由がない。
三 銚子無線局廃止との関係について
債権者らは、銚子無線局の廃止が違法である以上、これを前提とする本件配置転換は当然に違法であり、無効となると主張する。
しかし、ある事業所を廃止するか否かは、企業の経営者がその責任に基づいて行う高度な経営判断事項であって、本件の全資料によっても、銚子無線局を廃止するとした判断の内容及びその手続が著しく合理性を欠き裁量の範囲を逸脱したもとは認められない。右廃止が専ら組合活動の壊滅を目的とした仮装、虚偽のものであるとも認められない。
また、債権者らは、銚子無線局の廃止が違法であるとして、船舶通信利用者の利益の侵害及び船舶の安全な航行の侵害を主張するが、いずれも右廃止の経営判断の不当をいうにとどまり、右廃止自体を無効とするような強行法規違反を主張するものではないから、採用の限りでない。
さらに、債権者らは、銚子無線局の廃止は電気通信事業法一四条一項本文で規定する変更に該当し、同法一八条一項に規定する「電気通信事業の一部の廃止」にも該当するから、郵政大臣の許可を得なければならないのに、同法一四条一項但書で規定する「郵政省令で定める軽微な変更」であるとして右許可を得ていない銚子無線局の廃止手続は違法である旨主張するが、右手続規定違反が銚子無線局の廃止自体を無効とするような強行法規違反であるとはいえないから、右主張も採用できない。
第四結論
以上によれば、債権者らの主張はいずれも理由がなく、本件配置転換は本件雇用契約に基づく配置転換として有効である。したがって、本件では被保全権利の疎明がないことになり、債権者らの申立てをいずれも却下することとし、申立費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判官 堀晴美)
当事者目録
債権者 櫻根豊
(他三九名)
右四〇名代理人弁護士 田村徹
(他二名)
債務者 日本電信電話株式会社
右代表者代表取締役 児島仁
右代理人弁護士 杉山克彦
同 太田恒久
同 石井妙子
同 深野和男
同 寺前隆